2012年6月より明医研に特任医師として診療に参画いただいておりました市川家國先生。去る10月をもってご家族が住む米国にお戻りになられることとなりました。
このたび地域の患者さん、そして長年一緒に働いたスタッフに向けて最後のメッセージをハーモニーだより90号にご寄稿くださいましたので紹介いたします。
(家國先生が主治医の患者さんにつきましては、明医研医師に引継ぎをお願いしていますのでご安心ください。)
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市川家國(いちかわいえくに)先生 ご略歴
現職:一般財団法人公正研究推進協会理事、信州大学特任教授
略歴:慶應義塾大学医学部卒業後、北里大学病院小児科に入局。その後ハーバード大学医学部小児科准教授、バンタービルト大学医学部小児科学教授、東海大学医学部小児科学教授・生命倫理学教授・客員教授等を歴任。
2012年6月医療法人明医研特任医師として着任(2020年10月退任)
「明医研を辞す」
一般財団法人公正研究推進協会理事、信州大学特任教授 市川家國
「いつかは・・・」、と覚悟はしながらここまで延ばしてきた決断。私の場合、3人の子育ての全期間が米国であったことや、日米両方に仕事があったために、その後も20年間ほどは太平洋を1-2ケ月毎に渡る二重生活となっていた。それがこのところのコロナ禍で不可能となった。「退職」は、そうした先が見通せない中での選択肢だ。
この選択は、これまでお付き合いが続いた患者さん方には、さぞかし身勝手なことと映るもの、と覚悟している。ただ、神奈川県の厚木からの片道2時間の道のりが、さすがに今はキツくなっている点をも加味して、何とかご承服いただけないものだろうか。
こう願うことができるのも、明医研という極めて幸運な環境だからと思う。外来にせよ訪問診療にせよ、複数の医師が互いに意見と知恵を交換しながら行う「グループ診療」は医療の質を担保する必須条件として、米国では当たり前なのだが、日本では極めて珍しい。開業医への信頼度が日本では今一つ低い原因がそんなところにあるのかも知れない。もちろん、チームを成す個々の医師の能力は重要だが、ここでそれに言及しても「お世辞」との印象が避けられないので、敢えて行わない。
一方、診療記録がデジタル化されており、記録は全ての医師に可視化されている。もともとワープロを使う文化に欠ける日本では、若手はともかく、欧米生活経験のない古手の医師にとって、パソコンのキーを打つことのハードルは高い。中根理事長の数年のフランス留学経験は、その点、明医研にとって幸運であった。こうして、私がこれまで見聞きさせていただいた患者さんの悩みや問題点が正確にどの医師にもぬかりなく伝わることになる。
上質な医療に加え、医療者同士の密な情報共有・・・それがあるからこそ、明医研を離れるにあたって、患者さんにも、一緒に働いた医療スタッフにも何とかお許しいただけるものと、思っている。